天麩羅についての一考察

今日はですね、てんやで天丼を頂いたんです。
で、ちょっと天ぷらについて考えながら食べたんですね。
天丼の天ぷらは、天丼用に揚げられているから、おいしいに違いない、と。
塩や天つゆで食べる天ぷら(最近、とんとご無沙汰)は、それように揚げられているからおいしいのか、と。
そして、天ぷらうどん用の天ぷらは、それらと同様にそれ専用に処方されているから、その存在があるんじゃないかと。
つまりは、同じ天ぷらと云えども、その用途と機能によって少なからずアレンジが加えられて初めてそのていを為す…ということを考えたのですよ。
これって、人間社会にも言えることなんでしょうね。
同じ人間でも、その人個人の生き様や価値観、尺度、生まれ育った環境が少しづつ違うから、社会が成り立っているんですよね。
それぞれが持ち場持ち場でちょっとした工夫をすることによって、いい味が生まれ、いいハーモニーが奏でられる。そう思んです。
「私は人と違うから…。」とマイナスに捉えがちな人がいますが、その違いを認識したとき、それはその人にとって、大きな財産になるかと思います。
その違いこそが、社会を生き抜く最高にして最大の武器になるんじゃないかなぁ。
違いって大切ですね。

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